ウクライナの国会は正式には「Верховна Рада(ヴェルホーヴナ・ラーダ )」といい、日本語では「最高会議」と訳されるウクライナの立法機関です。一院制であり、定員は450名で、2025年2月現在の議長はルスラン・ステファンチューク氏(2021年10月から)です。

国会の外観 出典:https://www.rada.gov.ua/news/Virtualna_ekskursiya/6289.html
国会議員選挙について
ウクライナ・ソビエト社会主義共和国の最高会議時代の1991年8月24日に議会で独立宣言が採択され、それ以降はウクライナ最高会議と改変されました。
国会議員の任期は5年です。つまり何事もなければ5年に一度、国会議員選挙があります。選挙ごとに選出され構成された議会を「第○期国会」と言います。直近の国会議員選挙は2019年7月にあり、現在の国会は第9期となります。

選挙制度は小選挙区比例代表制で、日本と同じです。450の議席のうち、その半分の225が小選挙区(一つの選挙区につき当選者は一人のみ)に割り当てられており、残りの225は比例代表制向けとなります。比例代表制では、各政党に投じられた票数を数えたのち、得票数が5%以上だった政党のみに対し、得票数に応じて議席を配分します(これを「5%の壁」と呼びます)。
前回の2019年7月の選挙は、第8期国会をゼレンスキー大統領が3ヶ月前倒しで実施する大統領令に署名したことで実施されました。この際は、クリミア、セヴァストーポリ、ドンバス州の一部、ルハンシク州の一部で選挙が実施できなかったため、26議席が空席となり、選挙終了時点では424名が選出されました。選挙では、ゼレンスキー大統領が実質的に率いた「国民奉仕者党」が254議席を獲得し、単独過半数を確保しました。
第9期国会議員選挙の結果

- 国民奉仕者党:254議席(小選挙区130、比例代表124)
- 野党プラットフォーム – 生活党:43議席(小選挙区6、比例代表37)
- 「祖国」:26議席(小選挙区2、比例代表24)
- 欧州連帯党:25議席(小選挙区2、比例代表23)
- 「声(ホーロス)」党:20議席(小選挙区3、比例代表17)
- 野党ブロック:6議席(小選挙区6)
- 上記以外の小政党:4議席(小選挙区4)
- 無所属:46議席(小選挙区46)
以上、合計424。さらん26議席が空席(選挙未実施)。
国民奉仕者党

出典:https://sluga-narodu.com/deputies/
国民奉仕者党(Servants of People、人民貢献党、国民のしもべ党などとも呼ばれる)は、ウクライナの現大統領ウォロディミル・ゼレンスキー氏が率いる政党であり、2019年の選挙で圧倒的な支持を受けて議会に進出しました。ゼレンスキー大統領は政党には属さないため、国民奉仕者党の党首または党員ではありませんが、党は実質的なゼレンスキー大統領の政権与党です。政党名は、ゼレンスキー氏が大統領選に出る前にウクライナで人気を博していたドラマ「国民のしもべ(Servants of People)」に由来します。政党自体は2017年に登録されていましたが、選挙のデビューは2019年5月の大統領選挙。ここで政治経験がなかったゼレンスキーが一気に大統領に上り詰め、その勢いを借りた2019年7月の国会選挙で圧勝しました。
政治のベクトルは、中道、ポピュリズムと言えます。議員の多くは、政治経験がなく、英語などの複数の言語を話せる20-40代の若い優秀な人たちです。規制緩和に積極的であり、ITを積極的に取り入れているのも特徴です。
2019年ごろはゼレンスキー大統領もロシアのプーチン大統領との話合いに積極的でしたが(2014年からのクリミア・ドンバスの紛争に関して)、2022年2月以降は、ロシアに対してウクライナのほぼ全ての政党、国会議員が団結して徹底抗戦しているため、他の政党との違いがあまりなくなっています。
野党プラットフォーム – 生活党

出典:https://uk.wikipedia.org/wiki/Опозиційна_платформа_—_За_життя
この政党は親ロシアの議員たちによって形成されました。主にウクライナ東部および南部が支持基盤でしたが、2022年2月の戦争開始以降、支持基盤の地域がロシアにより占領されたり、戦闘地域となったため、影響力を失いました。また、2022年の夏に、大統領令により政党の活動が禁止されました。一部議員の中には、逮捕もしくはロシアに逃走した人もいました。
その後、ウクライナに残留した議員の一部は新たに議員グループ「生活と平和のプラットフォーム」を設立しました。しかし、従来の親ロシア的な言動は鳴りを潜めており、実質的には国会の決議で、政権与党の国民奉仕者党の方針を追随または白票を通じるだけとなり、存在感を喪失しました。
「祖国」党

この政党は、ユリヤ・ティモシェンコ元首相が党首を務める党であり、2000年ごろから党として活動を続けています。議会選挙では常に一定数の議席を維持しています。
2014年ごろまでは親欧州で反ロシアな政党として、多くの有権者の支持を得ていましたが、2014年以降は、その他に有力な政党や新時代の政治家が現れたこともあり、旧世代の政治家であり汚職疑惑もあるティモシェンコ氏は存在感を喪失。それにより、党は長期の停滞が続いています。
2019年の選挙では、ウクライナの東部と南部を除いた地域にて、満遍なく一定の得票数を得ました。
欧州連帯党

第5代ウクライナ大統領(在任:2014〜2019)であるペトロ・ポロシェンコ氏が率いる党です。以前は、「ペトロ・ポロシェンコ・ブロック」という名前の党でしたが、2019年の議会選に合わせて「欧州連帯党」として党のブランドを一新しました。
ポロシェンコ氏の大統領時代の政権与党であり、親欧州で中道右派の政党です。ゼレンスキー大統領の国民奉仕者党に批判的であり、彼らよりもよりラディカルに欧州への接近と、ロシアを批判するのが特徴です。
2022年2月の大規模侵攻以降は、ライバル関係にある国民奉仕者党やその他の政党とも一緒に、ロシアに対して徹底抗戦を呼びかけており、政党間の違いが少なくなっています。しかし、欧州連帯党の議員や関係者がゼレンスキー政権の重要ポストに迎え入れられることは少なく、ポロシェンコ氏とゼレンスキー氏が個人的に対立していることもあり、国民奉仕者党との緊張感は以前として存在しています。
2019年の選挙では、ウクライナ西部および在外ウクライナ人からの得票数が多かったのが特徴です。
「声」党

「声」党とは、ウクライナ語では Голос(ホーロス)と書き、日本語で「声」と訳されます。ウクライナの国民的音楽バンドである「オケアン・エリザ」のメインボーカルであるスヴァトスラウ・バカルチュク氏が設立しました。2019年の議会選では、5%の壁をクリアし、20議席を獲得しました。支持基盤が偏っており、ウクライナ西部(特にリヴィウ州およびイヴァノ・フランキーウシク州のいわゆる「ハリチナ(ガリツィア)地方」)からの得票数が多かったのが特徴です。
スヴァトスラウ・バカルチュク氏は非常に愛国的な歌を発表し、歌い上げることで有名であり、政治ベクトルは反ロシアで極右的です。
2019年5月の大統領選挙では、当初は国民的歌手のヴァカルチュク氏と、その当時はウクライナでのトップコメディアンであったゼレンスキー氏が、有力な候補者として見られていました。しかし、事前の世論調査では、ヴァカルチュク氏への期待感が萎んでいき、それに変わってゼレンスキー氏が勢いを増したため、ヴァカルチュク氏は最終的には大統領選挙には出馬しませんでした。それによりヴァカルチュク氏とゼレンスキー氏とは、対立関係、緊張関係にあります。
2019年7月の議会選ではヴァカルチュク氏は「声」党を率いて戦い、自身も国会議員に選出されました。しかしその後、ヴァカルチュク氏は政治に対する興味を徐々に失い、わずか1年で議員を辞任し、音楽の世界に戻ってしまいました。
党のトップを失い、「声」党はイデオロギーを失ったといえます。それ以降は存在感を示すことができておらず、2022年2月以降は他の政党との違いもあまりありません。しかし「声」党は、ヴァカルチュク氏が抜けたことによりゼレンスキー大統領との政治的な緊張感が緩和されたため、ポロシェンコ氏の欧州連帯党とは違い、優秀な「声」党の議員は、ゼレンスキー政権の一部ポストに迎えられています。
無所属議員たち
無所属の議員は、そのすべてが小選挙区で選出された人たちです。彼らは昔からの強固な基盤が地元にあるのが特徴です。ウクライナの東部と南部からの選出者が中心で、親ロシアの議員が多いです。また、第4代大統領で親ロシア派だったヤヌコヴィッチ氏(在位:2010年〜2014年)の政権与党「地域党」の議員で、2014年以降は、どの政党にも属していない人が多いと言えます。一部の議員は親ロシア派政党であった「野党プラットフォーム – 生活党」と投票行動を共にしていました。
国会での決議では白票または棄権することも度々であり、国会での無所属議員の存在感は薄いです。
現在そして今後の国会の動き
2025年2月現在、ウクライナは戦時下であり、また戒厳令も発言されているため、政党間のいざこざは抑えられており、また歓迎されません。国会は政党間のイデオロギーの違いは一旦横に置き、一致団結してロシアからの侵略に立ち向かっているのが現状です。また、親ロシア派の政党や議員を排除できた(または実質的に無力化した)ことも、国会が一致団結できた要因といえます。
2025年2月現在の国会では、当初のクリミア・ドンバスがロシアにより占領されていることによる26議席の空席のほかに、20〜30名ほどの欠員が出ています。その要因には、死亡または病気による辞任のほか、個人的な理由や親ロシア的な考えによる海外への逃亡による辞任・解任などによります。日本とは違い、ウクライナでは有力なビジネスマンが国会議員になることがよくあり、彼らの中には国会議員を辞めてでも戦時下のウクライナから離れたい人たちがいます(ウクライナでは現在戒厳令のため男性は理由なく国外に出ることができない)。
よって、2025年2月現在、国会に残って活動を続ける議員は約400名まで減っています。
なお、次回の議会選は通常では2024年7月に開催される予定でしたが、ウクライナの法律では戒厳令の期間中は選挙が延期すると規定されているため、現在に至るまで選挙が実施されておらず、第9期国会が延長して開催されている状況となっています。